そう。 あれは、牛だった。 完全にね。
今まであまり外に出る事がなかったのですが、
この前ボサールに誘われて谷六で行われたヘアカットショーというものに行ってきました。
おしゃれな美容室の若手が場所を借りて、ショーをするとのこと。
初めての経験なので、少し楽しみだった。
面倒くさいので、結論からいいます。
あんなおもしろくないショーを見たのは生まれて初めてです。
今すぐ1000円返して欲しいです。
その足で僕はTUTAYAにCD5枚借りに行きたい。
ショーというものを理解出来ていない。
箇条書きで問題点をかくと
・コンセプト、テーマが全くわからない
・モデルが素人
・リズムが単調
・座席管理
・完全なる身内乗り など
音楽と雰囲気とモデルと主役のヘアが全て中途半端。
本人はシュールがテーマと言ってたが、
んなもんシュールでもなんでもないわ。
シュールなんて言葉簡単に使わないで欲しい。
僕の中で、一番難しいテーマと思っているのに。
モデルに関しては、ショーの間に友達を見つけたかなにかでニコニコしてるし、
挙げ句の果てにカメラにピースしやがった。
モデルがお店の顧客か、友達なのか知らんけど、責任感もないただのド素人。
ショーというのに、客席側にケツを向けてカットする。
照明が悪く、せっかくの髪型が見えにくい。
音楽(民族楽器をつかった)との関連がない。
パフォーマンスもなく、ただひたすら髪を切っているだけ。
最終的にショーが終わり、挨拶があるがそこでの喋りもダラダラしゃべり
カットした髪型のコメントは無く、言った感想が
「シュールがテーマです」
「街を歩いていたらかっこいいと思われるようなカットをしました。」
「街でかっこいい髪型を見た人は教えて下さい」
楽しませる工夫もなく、ただライブ的に髪を切っていることを見せるのが
ヘアカットショーというのなら、美容室に行くだけで見えるわ。
雑誌が置かれているだけ美容室の方が楽しいです。
お金をもらうのなら、最低限の責任を持って欲しい。
身内乗りのママゴトなら家でお願いします。
今の気持ち
この前ボサールに誘われて谷六で行われたヘアカットショーというものに行ってきました。
おしゃれな美容室の若手が場所を借りて、ショーをするとのこと。
初めての経験なので、少し楽しみだった。
面倒くさいので、結論からいいます。
あんなおもしろくないショーを見たのは生まれて初めてです。
今すぐ1000円返して欲しいです。
その足で僕はTUTAYAにCD5枚借りに行きたい。
ショーというものを理解出来ていない。
箇条書きで問題点をかくと
・コンセプト、テーマが全くわからない
・モデルが素人
・リズムが単調
・座席管理
・完全なる身内乗り など
音楽と雰囲気とモデルと主役のヘアが全て中途半端。
本人はシュールがテーマと言ってたが、
んなもんシュールでもなんでもないわ。
シュールなんて言葉簡単に使わないで欲しい。
僕の中で、一番難しいテーマと思っているのに。
モデルに関しては、ショーの間に友達を見つけたかなにかでニコニコしてるし、
挙げ句の果てにカメラにピースしやがった。
モデルがお店の顧客か、友達なのか知らんけど、責任感もないただのド素人。
ショーというのに、客席側にケツを向けてカットする。
照明が悪く、せっかくの髪型が見えにくい。
音楽(民族楽器をつかった)との関連がない。
パフォーマンスもなく、ただひたすら髪を切っているだけ。
最終的にショーが終わり、挨拶があるがそこでの喋りもダラダラしゃべり
カットした髪型のコメントは無く、言った感想が
「シュールがテーマです」
「街を歩いていたらかっこいいと思われるようなカットをしました。」
「街でかっこいい髪型を見た人は教えて下さい」
楽しませる工夫もなく、ただライブ的に髪を切っていることを見せるのが
ヘアカットショーというのなら、美容室に行くだけで見えるわ。
雑誌が置かれているだけ美容室の方が楽しいです。
お金をもらうのなら、最低限の責任を持って欲しい。
身内乗りのママゴトなら家でお願いします。
今の気持ち
PR
電車に乗っているとほとんどの人は携帯電話をいじっている
優先座席付近でもおかまい無しに。
電車の中は電波妨害を流しておけばいいのにと思う。
そんな中、一人の男性が本を読んでいた。
タイトル:「i-phoneで就職活動」
いやいや、ハローワーク行けって。
優先座席付近でもおかまい無しに。
電車の中は電波妨害を流しておけばいいのにと思う。
そんな中、一人の男性が本を読んでいた。
タイトル:「i-phoneで就職活動」
いやいや、ハローワーク行けって。
怪我を少しかっこいいと思っている時期がありました。
中学校の頃です。
ちょっと包帯を巻いている人とか松葉杖をついている人とか
なんだか魅力的でした。
僕はおかげさまで牛乳無しでも骨太一家の長男なので
骨を折った事はありません。
だから余計に憧れていました。
今日も自転車のカゴに松葉杖を刺して走っているおばちゃんを見ました。
昔なら羨ましげに見つめてしまう所ですが、今はもう大人です。
社会人になると怪我や病気ほど面倒な事はありませんね。
この前も手を切ってしまい、ろくに仕事も出来ませんでした。
怪我なんか一理もいい事なんかないと気付きました。
頑張れ、おばちゃん。ケガには注意して下さい。
ん?
いやいや、待て待て。
あれ?足は!?
こんな僕ですが、少し真面目に考えてみました。
去年から本格的に個人として仕事をして来た。
来る仕事は、相当むちゃな事以外は出来るだけ受けてきました。
中にはスケボーの板で下駄を作って欲しいとか
北欧の木のおもちゃの修理とか
スケジュール帳の表紙を木で作って欲しいっていう変わった注文もありました。
んな感じで1年駆け抜けて、今はバイトをせず生活していけるぐらいにはやっていけるようになった。
まぁ、仕事は月によって全然違うがとりあえず人との繋がりを築いてこれた1年だった。
今の僕の状態は職人であり、業者の立場に立たされている。
もちろんそんなことはわかってこの仕事を選んだ訳だし、後悔している訳ではない。
ただ、このままではこの業界では生きてはいけない。
大量生産型の家具が出回る世の中でオーダーメイドの家具、木工職人は人数が少ない割に非常に高いピラミッド状態になっている。
テッペンにいる人っていうのは、ただ売れているとかだけではなくて技術の追求に人生を注いだような人がいる。
職人としてのプライドを貫き、技術を磨いてきた人たち。
こんな世界に真っ向勝負を挑んだところで、勝てる見込みもかなり低い。
だから僕はあまり職人という言葉で自分は名乗りたくはない。
テッペンの方に少し失礼な気もするし、自信もない。
だったらどうそうゆう方々の隙間を抜けていくべきか。
仕事が安定してきた今やっと分岐点にくることが出来た気がする。
今の木工業界では、デザインを自ら追求して発表しているところはかなり少ない。
これは完全に要領が悪いからである。
オリジナルを考え製作したところで実際それを買ってくれる方の数少なく、
費やす時間とお金の割に返ってくるものが低いからです。
奇抜なものほど受け入れられず、受け入れやすいものを考えていくと
結局どこもにたりよったりの形にしかならない。
これは一年間仕事をして来て、僕も実感をした。
でもこれは完全に一般の方々を基本に向け過ぎたからなのかもしれない。
ターゲットを絞ることも大事だけど、デザイン性の強いものをどう売り込むか。
例えば、もし奇抜なものを考えてもそれが雑誌に載ったりすると人は見る目が変わる。
そう日本人は極端にミーハーな人種だと思う。
お金があれば、ヴィトンやプラダを買いまくる。
ヴィトンなんて売り上げのシェアの大半は日本人というのだから間違いない。
ミーハーというより、周りに合わせてしまう気質なのかもしれない。
社会にランク付けをし、これぐらいの収入があればこれぐらいを持たなくてはいけないという変なルールを作っている。
テレビで見るお金持ち特集で出てくる家が趣味が悪いのは、収入で生活のスタイルを決めているからブランド負けし、人間自体が小さく見えるからだと思っている。
完全に話が脱線してしまったが、言いたかったのは作るだけではなく
第一産業として、販売促進のルールを決めていくべきになってくる。
簡単に言い換えると、料亭と農家の関係。
普通の飲食店は業者から野菜や肉を買い付けるが、こだわっている料亭などは
直接農家と契約をする。
これは仲介がない分、コストを下げれるということもあるし、ここの野菜はウチでしか
食べる事ができないという希少価値感というものが生まれる。
これからは形式が当たり前になってくるのではないか。
僕はこの農家のような売り込み方をしなくてはいけない。
目先の売り上げを考えるのではなく、10年先を見越して動いていくべきだと思った。
10年前を見ると機械なんかの進歩は凄まじい。
一般家庭で写真を編集するなんてことはありえなかったが、今は当たり前に出来る。
つまり10年先には今は企業でしか持てなかったレーザーカットの機械が家庭に置けているかもしれない。
そうなると完全にデザインでの勝負になる。
今後はデザインがもっと普及していくだろうし、デザインの追求と販売方式が鍵になる。
今年から多分3年ぐらいは、その準備の大事な期間になる。
ルールを決め、名前を広める為に個展やプロジェクトに実施する。
今考えれば、10年先という気が遠くなるような話になるけど、
少しずつ動き出そう。
あと仲間を集めよう。
同世代で28歳ぐらいに集まって大きなプロジェクトを起こせるように。
そのときは仲間が5人は欲しい。
ルフィだってグランドラインに5人で向かったのだから
長くなり過ぎた。
そしてオチがない。
最後まで呼んだ人ごめんなさい。
去年から本格的に個人として仕事をして来た。
来る仕事は、相当むちゃな事以外は出来るだけ受けてきました。
中にはスケボーの板で下駄を作って欲しいとか
北欧の木のおもちゃの修理とか
スケジュール帳の表紙を木で作って欲しいっていう変わった注文もありました。
んな感じで1年駆け抜けて、今はバイトをせず生活していけるぐらいにはやっていけるようになった。
まぁ、仕事は月によって全然違うがとりあえず人との繋がりを築いてこれた1年だった。
今の僕の状態は職人であり、業者の立場に立たされている。
もちろんそんなことはわかってこの仕事を選んだ訳だし、後悔している訳ではない。
ただ、このままではこの業界では生きてはいけない。
大量生産型の家具が出回る世の中でオーダーメイドの家具、木工職人は人数が少ない割に非常に高いピラミッド状態になっている。
テッペンにいる人っていうのは、ただ売れているとかだけではなくて技術の追求に人生を注いだような人がいる。
職人としてのプライドを貫き、技術を磨いてきた人たち。
こんな世界に真っ向勝負を挑んだところで、勝てる見込みもかなり低い。
だから僕はあまり職人という言葉で自分は名乗りたくはない。
テッペンの方に少し失礼な気もするし、自信もない。
だったらどうそうゆう方々の隙間を抜けていくべきか。
仕事が安定してきた今やっと分岐点にくることが出来た気がする。
今の木工業界では、デザインを自ら追求して発表しているところはかなり少ない。
これは完全に要領が悪いからである。
オリジナルを考え製作したところで実際それを買ってくれる方の数少なく、
費やす時間とお金の割に返ってくるものが低いからです。
奇抜なものほど受け入れられず、受け入れやすいものを考えていくと
結局どこもにたりよったりの形にしかならない。
これは一年間仕事をして来て、僕も実感をした。
でもこれは完全に一般の方々を基本に向け過ぎたからなのかもしれない。
ターゲットを絞ることも大事だけど、デザイン性の強いものをどう売り込むか。
例えば、もし奇抜なものを考えてもそれが雑誌に載ったりすると人は見る目が変わる。
そう日本人は極端にミーハーな人種だと思う。
お金があれば、ヴィトンやプラダを買いまくる。
ヴィトンなんて売り上げのシェアの大半は日本人というのだから間違いない。
ミーハーというより、周りに合わせてしまう気質なのかもしれない。
社会にランク付けをし、これぐらいの収入があればこれぐらいを持たなくてはいけないという変なルールを作っている。
テレビで見るお金持ち特集で出てくる家が趣味が悪いのは、収入で生活のスタイルを決めているからブランド負けし、人間自体が小さく見えるからだと思っている。
完全に話が脱線してしまったが、言いたかったのは作るだけではなく
第一産業として、販売促進のルールを決めていくべきになってくる。
簡単に言い換えると、料亭と農家の関係。
普通の飲食店は業者から野菜や肉を買い付けるが、こだわっている料亭などは
直接農家と契約をする。
これは仲介がない分、コストを下げれるということもあるし、ここの野菜はウチでしか
食べる事ができないという希少価値感というものが生まれる。
これからは形式が当たり前になってくるのではないか。
僕はこの農家のような売り込み方をしなくてはいけない。
目先の売り上げを考えるのではなく、10年先を見越して動いていくべきだと思った。
10年前を見ると機械なんかの進歩は凄まじい。
一般家庭で写真を編集するなんてことはありえなかったが、今は当たり前に出来る。
つまり10年先には今は企業でしか持てなかったレーザーカットの機械が家庭に置けているかもしれない。
そうなると完全にデザインでの勝負になる。
今後はデザインがもっと普及していくだろうし、デザインの追求と販売方式が鍵になる。
今年から多分3年ぐらいは、その準備の大事な期間になる。
ルールを決め、名前を広める為に個展やプロジェクトに実施する。
今考えれば、10年先という気が遠くなるような話になるけど、
少しずつ動き出そう。
あと仲間を集めよう。
同世代で28歳ぐらいに集まって大きなプロジェクトを起こせるように。
そのときは仲間が5人は欲しい。
ルフィだってグランドラインに5人で向かったのだから
長くなり過ぎた。
そしてオチがない。
最後まで呼んだ人ごめんなさい。
「蓮暁」
僕の誕生花らしいです。
「とまどい」
僕の誕生花の花言葉らしいです。
聞いた事もない花だけど、嫌いではないです。
ふとGLAYの曲が頭をよぎりました。
今度勇気を出してお花屋さんに行ってみます。
http://www.ffj.jp/
完全にヘッドフォンで外部と遮断していた。
別に周りが嫌だった訳ではなく、ただ閉じこもっていたかった。
学生の頃の自分から抜け出したくて、必死になって成長しようとして
それでやっと同じ立ち位置に来れたと思った。
それでもダメだった。
これでも成長したと思っていたけど、まだ自己満足だった。
まだどれぐらい距離があるんだろうか。
今は大音量の音で自分をごまかすのが精一杯の抵抗。
さて、もう寝ようか。
明日は少し違った風景は見えるかもしれない。
別に周りが嫌だった訳ではなく、ただ閉じこもっていたかった。
学生の頃の自分から抜け出したくて、必死になって成長しようとして
それでやっと同じ立ち位置に来れたと思った。
それでもダメだった。
これでも成長したと思っていたけど、まだ自己満足だった。
まだどれぐらい距離があるんだろうか。
今は大音量の音で自分をごまかすのが精一杯の抵抗。
さて、もう寝ようか。
明日は少し違った風景は見えるかもしれない。